第4回:退院

飯塚: 7カ月に及ぶ入院、待ちに待った退院でしたね。

原田さん: いや正直、退院日へのカウント・ダウンは気の重いものでした。私自身はまだまだ病院で集中的にリハビリを行いたかったのですが、リハビリ病院の入院期間は基本的に12週間というこ とで、退院日が決められました。

飯塚: そうですか。それで退院された後は?

原田さん: 退院後は、自宅の生活に慣れるために介護スタッフが派遣され、その後セラピスト・チームによるリハ ビリに引き継がれ今に至っています。脳梗塞は時間が経つと段々とリハビリの成果が出にくくなるともいわれていますが、退院後、慣れた環境にいるせいか、室内を歩いたり、メールをチェックしたり、少しずつですが色々できることが増えてきています。

飯塚: 予想とは反対に御自宅でできることが増えたそうで、本当に良かったですね。

智美さん: 退院直前、ドクターと言語療法士から、今後は柔らかい食事か、どうしても固形のものが食べたければ、ほんの少しだけにしてください、と耳を疑うような指導を受けました。それらは検査結果によって下された診断でしたが、食べることが大好きな父の「食べたい」という気持ちを優先したいと思っていました。

飯塚: そのような指導は病院のデータに基づいたものだったと思います。それ自体は間違いではないのでしょうが、 そこから個としての人間、原田さん個人を見てほしいということですね。データには個性が反映されないとも言えそうですね。

智美さん: ドクターの診断が悪いと言いたいのではありま せん。退院後、自分たちの目の届かないところにいる患者の安全を確保するためには、仕方のない一面もあると思います。一方で、自己責任にはなりますが、データ上難しいと言われてもそれがすべてではなく、本人に強い思いがあ れば、状況を覆すこともあると感じました。これは食事のみならず、快復に関しても、意志の力によるものが大きいということを実感しています。結局、母のチャレンジもあり、 今はほぼ普通食に戻りました。

飯塚: 日本語で言う「気」の力はデータには確かに現れません。物事がうまくいっているときはどんなに働いても元気だし、そうでないときは、短い時間でも体が重く感じら れますよね。

原田さん: 入院患者主催のピクニックに30名近くの方に お越しいただいたり、病院まで迎えに来てもらい、ボート・ パーティーに参加したりと、入院中も様々なチャレンジをしてきました。最近は、近くの公園やパブにも行きました。 夏には愛犬を連れて国内旅行にも行きたいですし、仕事もまだやり残したことがあるので、いつか復帰したいと考えています。そして、皆さんの前で今回の経験をお話しでき たらいいねと家族とも話しています。

智美さん: 父の脳梗塞をきっかけに、ある日突然生活が一変、とにかく無我夢中でしたが、数えきれないくらい多くの方々に支えられてここまで来ました。健康や病気予防は大切ですが、それ以上に、過去に執着するのではなく、「今ここ」に向き合う重要性を学んだ1年でした。私たちは、まだまだやりたいことがたくさんあります。父にやりたいという気持ちがある限り、一歩一歩チャレンジしていきたいです。

ご友人からのお見舞いの短歌
心強く病ひと戦ひ来し君の 命かがやく春となりけり (歌人 渡辺幸一さん)

※ 原田さんは回復途中で言葉を話すことがまだ自由ではありませんので、 対談中は美弥子さん、智美さんにお手伝いいただいています。

本コラムの過去記事は、下記アドレスでご参照いただけます www.centrepeople.com/japanese/article