Mar 2022 – ウクライナ紛争における雇用問題

ウクライナの衝撃的な状況は、軍隊に徴集された従業員や自発的に入隊を希望する従業員、そして職場内の人間関係の管理について潜在的に扱いにくい問題を提起している。

ウクライナで激化する戦争に、世界中の人々が深い衝撃と悲しみを受け懸念を抱いている。英国の多くの雇用主は、従業員の中でも特にウクライナや他の東欧諸国出身の従業員の健康状態や、それら従業員が戦闘のために母国に呼び戻される可能性のあるリスクについて、ますます懸念を深めている。本記事では、この紛争が雇用関係に及ぼす法的・実務的な影響について検討する。

英国では、英国の予備軍に徴集された個人に対する特別な取り決めがある。他国出身者が自国から兵役に招集される場合にはこの取り決めは適用されないが、雇用主はこの取り決めと同様のアプローチを支持する可能性がある。国防省のガイダンスでは、従業員は無給の「特別休暇」中として扱われるべきとされている。また、兵役期間に応じて、予備兵が最低期間元の仕事または類似の仕事に復帰できることを保証する法的な仕組みも存在する。


雇用関係はどうなるのか?

母国から戦闘員として招集された非英国籍者

従業員が母国から招集され軍隊に参加する法的義務を負っている場合、雇用主がそれを阻止することは難しいであろう。また、多くの雇用主は、そのような状況にある従業員を支援したいと思うであろう。

英国の法律では、このシナリオにおける従業員の「解放」、雇用維持の義務は実際にはない。また、海外の軍隊や雇用に適用される規則が、英国の雇用主を拘束する可能性は極めて低い。従って雇用主は、同様の状況にある非英国籍者を可能な限り英国籍者と同様に扱うかどうかを決定する必要がある。

雇用主は、予備兵に関する規定があるかどうか、また、それが英国予備兵に関する英国の法律のみを反映しているかどうか、或いは予備兵に関する徴集規則が異なる可能性のある他国籍者にも適用できるような表現になっているかどうかを確認する必要がある。

雇用主は、いずれにせよ該当従業員の雇用を維持したいと考えるかもしれない。これは従業員との関係やより広い意味での評判のため、もしくは単にその従業員が貴重な人材であり、雇用を維持しなければ補充する必要があるためで、基本的には英国人が招集されるのと同等に扱われることが考えられる。このような決定は文書で行われ、特別な枠組みと時間枠が確立されている必要がある。例えば、雇用主は雇用関係を維持し、従業員への当初3ヶ月間無給の「特別休暇」の付与を決定し、その後、状況を定期的に見直すことが可能である。

雇用を維持する法的義務がない以上、従業員に現地へ出向く為の許可を与えることを雇用主は拒否することができる。従業員は退職する可能性があり、もし現にそのような場合、雇用主は契約が完了しなかったと主張したり(これは実際には難しいが)、従業員を解雇する措置を取ることができる。(従業員が適正に勤務していた場合は、不当として争われる可能性がある)

雇用主が十分な労働力を有している場合、招集された予備兵に無給の特別休暇を許可することのメリットは、それら従業員を解雇することに伴う従業員との関係、PR、法的リスクなどよりも大きいと思われる。

しかし、従業員が招集されたにも関わらず行くことを拒否した場合はどうだろうか。英国の法律では、予備兵が徴集通知に従わない場合、脱走罪または無断欠勤の罪に問われる可能性がある。徴集に従わなかった場合の海外でのルールとそれがもたらす結果は異なるが、従業員が現地に出向く法的義務を負う可能性があることは確かである。雇用主は、従業員が望むのであれば、出向くことを許可しないと言うことが出来るかもしれないが、それが海外で法的に正化されることはないであろう。

他国籍者

英国はこの紛争に参戦しておらず、英国政府は、英国国民がウクライナに渡航しないよう勧告している。英国人がウクライナに行って戦うことへの支持を示唆したLiz Truss氏の発言に対して、2022年3月1日首相官邸は渡航しないようにとのこの勧告を繰り返した。

ウクライナ、英国始めその他の国出身の従業員の中には、法的義務なしに自発的にウクライナ(またはポーランド)の軍隊への参加を決める人もいる(つまり非予備軍)。このような場合、解雇や契約の未完了に関しては、上記と同様の考慮事項が適用される。雇用主が休暇申請を拒否したにも関わらず従業員が出発した場合、不正行為による解雇が正当化され得る。この場合でも、雇用主は不当解雇請求のリスクを減らすために、公正なプロセスを踏む必要がある。

あるいは、雇用主が従業員の参戦の決断を支持し、上述のような雇用関係を維持すると決定する場合もある。

外務省のウェブサイトでは、ウクライナへの渡航を控えるよう勧告しているほか、訓練を受けていない(予備兵ではない)個人がウクライナ東部での戦闘に志願した場合、テロに相当する活動に加わっているとみなされる可能性があると示唆している。従業員がボランティアとして参戦することに同意する雇用主がテロ行為を支援すると見なされるかは不明であるものの、雇用主は政府の助言に反して従業員に戦闘を奨励することには注意する必要がある。

また、ウクライナでの戦闘に志願する従業員の扱いについて、差別問題が発生する可能性がある。雇用主が国籍によって従業員を差別的に扱った場合、直接的な差別が生じる可能性がある。例えば、ウクライナ人に無給休暇取得を認め、ポーランド人には認めない場合が挙げられる。差別のリスクを回避するために、雇用主は人種や国籍に関係なくすべての従業員に同じ原則を適用することを保証する必要がある。



実務上の留意点

上記のように、従業員がウクライナに出向くことに同意の上、従業員との雇用関係を継続し職を維持させたい意向の雇用主は、明確な基準を文書で定めるべきである。

雇用主は以下のことを考慮する必要がある:

  • 時間枠を設定し定期的に状況を確認する(例:3ヶ月ごと)。ウクライナ紛争がいつまで続くかは誰にも分からないため、期限設定が有効かもしれない。従業員に対して、いつまでに仕事に復帰して欲しいか、復帰しない場合は雇用を打ち切らざるを得ない可能性があることを伝えること
  • 休暇のステータス(例:無給の特別休暇、サバティカルなど)
  • 福利厚生が維持されるかどうか(例:在籍中の死亡、年金、医療保険など)
  • 契約上の雇用関係の継続が維持されるか否か
  • 従業員には、可能であれば月に1回程度メッセージを送るなど出来る限り連絡を取るよう求め、連絡を取り合うための公式な連絡手段を知っているかどうかを確認
  • 従業員の緊急連絡先が最新であることを確認して、雇用主が、その従業員に関して他者と連絡が取れる手段を確保できるようにすること。雇用主は、従業員が休んでいる間そういったことをしてもよいかどうか従業員に確認すること

職場における従業員へのサポート

ウクライナの状況は多くの人にとって非常に心苦しいものであり、また、職場においても意見の違う者同士の対立を引き起こす可能性がある。雇用主は、ウクライナや東欧の国民、或いはあらゆる国籍の従業員がこの出来事に影響を受けていると感じている場合、それを支援する方法を検討する必要がある。例えば、以下のような方法が考えられる:

  • カウンセリングサービスの提供
  • ウクライナにいる親族や友人と電話をするための静かなスペースの提供
  • 急な通知による休暇取得の許可
  • いじめや嫌がらせに関する規定をスタッフに周知して、この紛争に対する反対意見を持つ従業員間の潜在的な対立に対処できるように、必要な場合には懲戒処分も含め同規定に沿って準備する
  • ロシアと繋がりのある従業員が、この状況に心を痛めている可能性があることを認識する。また、同僚から敵意を向けられる可能性もあり、いじめや嫌がらせに関する規定に従って適切に対処する必要がある

もし特定のケースにおいて、具体的なアドバイスが必要な場合はLewis Silkin LLP法律事務所のAbi.Frederick@lewissilkin.comまたはkoichiro.nakada@lewissilkin.comまで、ご連絡をお願いいたします。