
Nov 2025 – 「AIで作成された不満申立て」が現実のものに。英国雇用主はどう対応すべきか?

「人事部各位、第123条に基づき…」といった文言で始まる、AIが支援した不満申立てが登場している。従業員が生成AIを使って、長文かつ法律的な表現を含む不満申立てを作成するケースが増えており、対応を求められる人事部門に負担がかかっている。雇用主は、増加する不満申立ての件数や長文化にどう対応すべきか、そして時に疑わしい判例引用をどう扱うべきか。
多くの雇用主が、従業員に対し生成AIツールの業務活用を推奨している。そのため、従業員が同じツールを不満申立ての作成に使うことは驚くべきことではない。AIツールは、適切に使えば従業員が考えを整理し、懸念事項をを明確かつ体系的に表現する助けになる可能性があるが、その利用は雇用主に新たな課題をもたらすこともある。本稿では、こうした課題を検証するとともに、人事部門がAI生成の不満申立てに対応するための実践的なヒントを提示する。
AIで作成された不満申立ての課題
不満の内容自体は従来と変わっていないものの、AIの利用により人事部門が対応しにくい申し立てが増え、新たな課題が生じている。
- 分量と構成:
AIで作成された不満申立書は非常に長文になることが多い。内容は当然ながらプロンプトの質と明確さに依存するが、経験上、AI生成の文書は繰り返しが多く、構成が不明確な傾向がある。論点を追うのが難しいことも多い。 - 複雑化と法律的表現:
AI導入以前の世界では、不満申立ては通常、雇用主が事実関係の調査を必要とする内容が中心だった。しかしAIが法的議論を付加することで、複雑さを増す可能性がある。加えて、AIツールは判例法を誤って引用したり、誤用したりすることが多い。判例や法令の引用が散りばめられた文書は一見説得力があるように見えるが、無関係である可能性、あるいは完全に誤りである可能性がある。 - 現実性の低下:
AIが生成する不満申立ては、誇張された表現や広範な非難を含むことが多く、手書きで作成された申立てに見られる自然な抑制を欠いている。手書きで文書を起草するプロセスとは異なり、AIは大量のテキストを生成できるため、精査なしにコピーされる可能性がある。その結果、実際の意図よりもツールの提案を反映した強い主張になることがある。 - データリスク:
従業員が公共のAIプラットフォームを使って不満申立てを作成する場合、機密性の高い企業データや個人情報を入力するリスクがある。これを軽減するため、企業はAI利用に関する明確なポリシーを策定し、全従業員に対して責任ある利用に関する研修を提供すべきである。 - 楽観的な助言:
AIを使って不満申立書を作成する従業員は、同時に法的助言や裁判での勝訴の可能性の評価もAIに求める可能性が高い。しかしAIは、公平かつ正確な評価を提供するよりも、利用者が望む回答を提示する傾向がある。その結果、従業員が勝訴の見通しについて過度に楽観的な見方をす可能性があり、これが解決や金銭的和解の潜在的な障害となり得る。
企業はどのように対応すべきか?
企業は次の二段階の戦略を取るべきである。
- そもそも正式な不満申立てが発生する可能性を低減する
- 発生した場合の対応戦略を改善する
緩和策 – 正式な不満申立て件数の抑制
すべての企業が優先すべきことは、従業員が問題を適切な場合には非公式かつ迅速に解決できるようにすることである。早期介入により、懸念事項が正式な不満申立てに発展する前に解決できる場合が多い。人事部門と管理職は、前向きで支援的な職場文化を構築し、対立が生じた際に効果的に対応することが不可欠である。
雇用主が取り組むべきポイント:
- 不満申立てポリシーに、非公式な解決を重視する旨を明記し、問題を解決する最善かつ最速の方法は多くの場合、非公式に提起することであると示す。ポリシーは、例えば従業員に上司や人事担当者との相談を促すなど、問題を話し合うための適切な窓口を示すことで、従業員がこうした対応を取れるよう支援すべきである。
- オープンなコミュニケーションを奨励する職場文化を優先し、発言を罰するような風土を避ける。
- 従業員が直属の上司に関する懸念や問題を、不利益を被る恐れなく提起できる明確な経路を設ける。
- 管理職と人事部門は、問題を早期かつ効果的に対処できるよう訓練され、必要な権限を付与されていること。

雇用主がAI生成の不満申立てに対応する際の重要なポイント
1. 可能な限り対面での面談を実施する
AIで起草された不満申立てでは、どの部分が従業員の強い主張で、どの部分がAIによる追加なのか判別しにくい。従業員と直接対話することが、申立ての核心を理解する最も効果的な方法である。そのため、不満申立てが提出されたら、できるだけ早く従業員との面談を設定することが望ましい。
大量のコンテンツを扱うことも課題となる可能性が高いため、面談に向けた準備が重要になる。特に申立てが長文または複雑な場合は、主要な懸念事項と思われる部分に絞り込むことが必要である。面談では、従業員に自身の言葉で主要な不満点と各問題の関連性を説明するよう求めることが望ましい。面談終了時には、主要なポイントの要約を従業員と合意することが理想である。
より一般的には、不満申立ての対応は、書面でのやり取りに頼るのではなく、面談を中心に進めるべきである。この方法により、AIによる追加の長文や不要なやり取りを防ぎ、従業員の申立ての核心に集中でき、証人の真の反応や記憶を正確に把握することにもつながる。ただし、実施したすべての面談について詳細な記録を残すことが重要である。
2. 管理職と人事への研修を実施する
AIが生成した不満申立ては、その長さや言葉の強さの両面で威圧的に感じられる可能性がある。そのため、管理職や人事担当者がAI生成の不満申立ての兆候を見抜く方法を学ぶ研修を提供することが有効となる。この研修により、チームは不満申立てに対しより効果的に対応できるようになり、過度な負担に圧倒される可能性が低くなる。
3. 各論点に対して逐一反論する対応は避けること
個々の申立て項目に逐一反論したくなるかもしれないが、特にAIが生成した長文で法律用語を多用した申立てに対しては、この対応は最善とは言えない。この手法は時間を浪費するだけでなく、さらにAIが生成する長文の返答を招く恐れがある。そのため、従業員の主要な懸念事項を明確化・要約し、実質的に関連する事項に絞って対応することが望ましい。
4. 基本原則は依然として適用される
AI生成であっても、不満申立ては不満申立てであることに変わりはない。雇用主の義務は変わらず、以下の事項を確実に履行する必要がある:
- ACASコードに従うこと。
- 公正な手続きを実施すること – 迅速に調査し、不満を申し立てた従業員と面談、決定を下し、上訴権を提供すること。
- 調査内容は、結果として生じる訴訟において開示される可能性が高いことを認識すること。
これらの義務は、不満申立書がAIで作成されたか否かにかかわらず適用される。また、当該事案が訴訟に至った場合、雇用審判所はACASコードへの不合理な不遵守に対し、裁定額を最大25%まで調整できる。
今後の展望
雇用プロセスにおけるAIの利用は今後さらに増加する見込みであり、雇用主は将来的にこうした課題により頻繁に直面する可能性が高い。AI生成の不満申立てが増加するだけでなく、従業員がAIツールを使って、整理解雇の協議プロセスや雇用審判手続きにおける主張の構築や文書の起草を行うケースも見られるようになっている。上記で概説したリスク、留意点、実務的なヒントの多くは、こうした新たな動向への対応においても同様に有効となるだろう。
もし、特定のケースにおいて具体的なアドバイスが必要な場合は、Lewis Silkin LLP法律事務所の Abi Frederick弁護士Abi.Frederick@lewissilkin.com まで、ご連絡をお願いいたします。

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