Apr 2025 – 雇用権利法案を読み解く:公正労働機関の創設

雇用権利法案は、特定の雇用権利のための新たな国家執行機関を創設するもので、これにはいくつかの主要な新規執行権限も含まれる。


雇用権利法案では、「公正労働機関(Fair Work Agency : FWA)」と呼ばれるであろう新たな国家実行機関を創設する。FWAは、既存の執行機関が既にカバーしている分野に加え、休日手当に関する新たな権限を有する。法案では、様々な執行権限と、法定休日及び疾病手当の不払い対する追加の執行権限を定めており、罰金を科すとともに、執行に要した費用を雇用主から回収する権限も有することとなる。


FWAが管轄する権限の範囲は?

法案は以下の分野をカバーすることになる:

  • 職業紹介事業および雇用事業に関する規則
  • 全国最低賃金に関する権利(受給資格と記録保存要件を含む)
  • 現代奴隷法に関する違反
  • 法定疾病手当(Statutory Sick Pay: SSP)
  • 法定休日手当-不定期労働者やパートタイム労働者に対する休日手当の上積みに関する取り決めを含む、休日に対する支払いの権利
  • 法定休日の遵守を証明する記録の6年間の保持義務が新たに課され、未履行は罰金刑に処せられる刑事犯罪の対象となる
  • ギャングマスター(複数の労働者を仲介・管理し、不法または搾取的な条件で雇用する業者)ライセンス制度
  • 雇用審判所または COT3 で命じられた金額を支払わなかった場合の罰金

雇用主にとって最も重要な追加事項は、休日手当に関する権利が、国家による執行の対象となる点である。これは、現在国家による執行対象とはなっておらず、また、非常に複雑な法分野であるため、注目すべき変更点である。さらに、審判の裁定や和解金の不払いに対する金銭的罰則が盛り込まれたことは、この権限が現在あまり実務上用いられていないため、少々妙な点である。法案はまた、FWAの対象となる雇用権のリストに追加する権限も与えている。これには、差別法などの主要な新分野や、家族関連の休暇における法定手当支給に関する権利など、より狭い権利の拡張が含まれる可能性がある。しかし、現在のところ、このような形でFWAの権限を拡大する計画はないようだ。


FWAに与えられる新たな権限とは?

  • 労働者に対する特定の法定支払の不履行を強制する新たな権限が追加された。FWAは雇用主に対し、28日以内に各個人に支払うべき金額を明記した未払い通知を発行できるようになる。これは、法案施行時から遡って6年以内の未払い額に対して適用される。(または、全国最低賃金の未払い分については、全てのケースで6年前まで遡ることができる)

    この通知書には、最大で未払い額の200%に相当する罰金(上限:労働者一人あたり£20,000)を課すことができ、この罰金は国務長官に支払われることになる。罰金が免除される場合は別途規定されるが、罰金の回避は例外的である可能性が高い。
  • 指定された時間または場所に出席して質問に答えるか、指定された書類を提出することにより、情報の提供を求める通知を発行する権限。
  • 執行官は、文書を調査するために事業所に立ち入ったり、事業所内の人に文書の提出を求めたり、情報または文書の処理や保存に使用されるコンピュータやその他の機器をチェックしたりすることができる。 また、執行官は文書を押収することもできる。特定の状況において、また裁判所の令状を取得した場合、執行官は該当者の家に立ち入ることもできる。
  • 労働市場執行誓約を求める権限。誰かが労働市場法違反を犯したと国務長官が判断した場合、その違反者に対し労働市場執行誓約に規定された要件に従うよう求めることができる。 もし違反者が誓約を拒否した場合は、裁判所は労働市場執行命令を下すことができ、その命令に従わない場合は刑事犯罪の対象となる。 労働市場法違反には、全国最低賃金法に基づく既存の違反だけでなく、休暇記録の不保持という新たな違反も含まれる。
  • FWAが管轄するすべての雇用権利違反に適用可能な新たな刑事犯罪。故意または悪意を持って虚偽の文書や情報を作成することは犯罪である。また、強制執行を故意に妨害したり、合理的な理由なく強制執行要件に従わないことも犯罪となる。罰則には、罰金、51週間以下の禁固刑(イングランドとウェールズの場合)、またはその両方が科され得る。 法人の役員がそういった行為に同意していた場合、または見過ごしていたことに起因する場合には、その個人に対しても責任が問われる可能性がある。

これらの権限の新設は、特にこれまで国家による執行の対象とされてこなかった雇用の権利、特に休日手当の権利に対して、重大な意味を持つものである。


新たな執行メカニズムと費用主要な新条項

  • 法律を遵守していない雇用主に対して課徴金の支払いを請求することで、その執行費用を回収することができる。執行費用の計算方法にもよるが、罰金や未払い賃金の支払い義務に加えて請求されれば、雇用主にとって財務上の大きな負担となる可能性がある。
  • FWAは、労働者が雇用審判を請求する権利を有しながら、請求するつもりがないと思われる場合、労働者に代わって雇用審判所に訴えを提起することができる。この場合、金銭的賠償が認められた場合には、労働者に支払われる。これは、FWAの権限に該当するものだけでなく、あらゆる種類の雇用審判請求に適用される。
  • FWAはまた、雇用法、労働組合法、または労働関係の法律に関連する民事訴訟の当事者に対し、法的支援を提供することができる。この支援により回収された費用から、FWAは自身の支出分を補填することができる。通常、裁判が控訴裁判所や最高裁判所に持ち込まれると費用は勝訴側に支払われるため、FWAは費用を回収できるのであれば、このような重要な判例に関与する余地が広がることになるかもしれない。

結局のところ、雇用者と従業員の双方にとってのFWAの意義は、その財源と資金次第ということになる。 FWAは罰則を科すことである程度独自の歳入を生み出していると思われるが、違反した雇用主に対して執行費用を請求できる新たな権限が定期的に使用されれば、これに大幅な上乗せとなる可能性がある。FWAに十分な資金が提供されるのであれば、英国歳入税関庁(Her Majesty’s Revenue and Customs : HMRC)や他の執行機関よりもはるかに積極的にない得ることを証明することができる。


実務上、どの程度重要か?

  • 休日手当:有給休暇を取得する権利はすべての労働者に適用され、現在のところ国家による強制力はないため、これは非常に重要である。 休日手当の複雑な領域について「様子見」の姿勢を取ってきた雇用主にとっては特にリスクとなる。この結果、違反が発覚した場合、雇用主は最低でも未払い休日手当の100%をFWAに支払わなければならなくなる可能性がある。
  • 法定疾病手当(SSP):現在、SSPを受ける権利について直接的な国の強制執行は存在していない。従業員と雇用主の間で争いがあった場合、HMRCがSSPの支払いの要否を判断することは可能であるが、それには従業員側からの申し立てが必要であり、誤った判断をしたとしても制裁は科されない。 SSPの権利の方が正確な運用が容易であるため、休日手当の執行よりも雇用主が懸念することは少ないと思われる。
  • 職業紹介事業:これは大きな変更とは言えない。雇用紹介事業基準監査局は、すでに情報や書類の提出を要求したり、事業所に立ち入ったりする権限を有している。
  • 全国最低賃金:HMRCはすでに強力な執行権限を有しており、労働市場執行誓約の取得や命令の発令、雇用主に対して未払い賃金の支払いを命じること、さらには罰金を課すことも可能である。
  • 現代奴隷法:これは、既にギャングマスタ-・労働搾取監督局(Gangmasters and Labour Abuse Authority)が有している権限に大きな変更はないように見受けられる。同局は、抜き打ちの立入検査を実施し、事業所への立ち入り、証拠書類の提出、労働者との面談を求めることができ、犯罪の疑いがある場合には刑事捜査を行う権限を有している。
  • 移民法:移民法は全体としてFWAの対象外である。しかし、1つの変更点として現行の入国管理局の労働市場執行誓約及び命令が、本法案に基づく新たな規定に置き換えられるという点が挙げられる。ただし、これらの新規定によって実務上大きな変更が生じることはないと考えられる。

次のステップと雇用主が取るべき行動

他の多くの改正と同様に、本法案に基づくFWAが2026年末までに稼働する可能性は低い。法案では、労働市場執行戦略を3年毎に定めることを義務付けているため、その初回の戦略で、財源の重点的な配分先についての一定の指針を示すことになる見込みである。雇用主は、これらの重要な権利、特に現代奴隷法や職業紹介事業に関する規則など、現在刑事罰や民事罰の対象となっている権利を既にすべて遵守しているはずである。一方、FWAに大幅な追加執行権限が付与されることを踏まえると、休日手当についてが、雇用主にとって特に注力すべき分野となる可能性が高い。FWAが搾取的と思われる雇用主を標的にすることは予想されるものの、規則を見落とすことに伴うリスクは今後高まると考えられる。これはまた、過重な負担を強いる雇用審判所制度を通じた個別の権利行使から、金銭的制裁を伴うより中央集権的な国家による執行へと、意図的に方針転換しているようにも見える。


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