May 2024 – ジェンダー批判的信念の表明を理由とする学校教諭の解雇は差別でも不当でもない

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ある学校教諭は、性別を間違えたり、生徒を性転換前に使っていた名前で呼んだり(「デッドネーム」)するなどという「ジェンダー批判的」信念の表明を理由に、公正に解雇された。彼の保護された哲学的信念に基づく差別の主張はすべて失敗に終わった。


我々のビジネスとの関連性は?

リスター氏が元雇用主であるニュー・カレッジ・スウィンドン校に対して提起した訴訟は、職場におけるジェンダー批判的信念の表明、特にトランスおよびノンバイナリーの人々の権利とのバランスを考慮した、昨今増えつつある訴訟でも最新のものである。この訴訟は教育現場で起きたものの、学んだ教訓はすべての職場に関連する。

本判決の事実と所見を以下に検討し、企業がこれに取り組むためのいくつかの方法を提案する。


この訴訟では何が起きたのか?

ニュー・カレッジ・スウィンドン校には約600人の職員が在籍している。リスター氏は、「性は二元的で不変の生物学的事実であり、各個人が決定すべき問題ではない」というジェンダー批判的な信念を持っており、この見解は哲学的信念としては保護される可能性があると審判所は判断した。

この裁判は、トランスジェンダーの学生(学生A)に対するリスター氏の攻撃的な行為について苦情が寄せられ、最終的にリスター氏が解雇された後に発生した。

主な事実は以下の通り:

  • リスター氏は、トランスジェンダーの生徒(生徒A)(リスター氏が教えており、リスター氏に正しい代名詞と名前を使うよう求めていた)について、セーフガード上の問題を提起した。リスター氏の懸念については調査されたものの、支持はされなかった。しかし、リスター氏がその生徒に対して、またその生徒について使用した言葉遣いに懸念が生じた。
  • リスター氏には、性転換する学生を支援するアプローチをとったカレッジ側の性別変更規定を読むようアドバイスがあった。にもかかわらず、リスター氏は生徒Aをに対しデッドネームを使ったり性別を間違えたり、非常に侮辱的な発言をしたりした。リスター氏はまた、生徒の名前ではなく、身振り手振りでその生徒を呼んだりもした。
  • リスター氏の授業への学生Aの出席率は悪化した。仲間の学生Bがカレッジ側に対し苦情を申し立て、学生Aはリスター氏の行動に対し怖くて自分ではとても報告できなかったと説明した。この苦情は調査され、リスター氏のジェンダー批判的で攻撃的と思われるツイートなど、さらなる事件が明るみに出た。
  • カレッジ側は学生の苦情を支持した上で関係役員に照会し、同役員はカレッジが独自に調査を行う権限を与えた。
  • リスクアセスメントの結果、原告の性の自認に関する立ち位置のため、学生に危害が及ぶ危険性が非常に高いと結論づけられた。そのためリスター氏は停職となり、懲戒手続きを受けることになった。
  • その結果、リスター氏の哲学的信念とカレッジの性別変更規定のバランスがとれたが、出席率の低下(リスター氏の懲戒後も回復しなかったため、一部のみ支持された)を除き、差別とハラスメントの申し立てはすべて立証された。しかしながら、ソーシャルメディアへの投稿に関する不服の申し立ては、リスター氏のツイッター・アカウントが明確にはカレッジと関連づけられておらず、その見解が彼の個人的なものであったため却下された。
  • リスター氏は解雇され、DBS(Disclosure and Barring Service:前歴開示及び前歴者就業制限機構)への照会がなされた。
  • リスター氏は解雇を不服として控訴したが失敗に終わり、DBSへの照会に続き、禁止リストに掲載された。

雇用審判所の判決

リスター氏は、哲学的信念を理由とする直接的・間接的差別、及び不当解雇の訴えを起こしたが、いずれも敗訴に終わった。審判所は、「自由で民主的な社会では、誰もが自分の意見を表明することが許されているが、他人を動揺させ、苦痛を与え、嫌がらせをするようなことがあってはならない」と判断した。その一線を越えれば、信念の表明は他人に対して押しつけがましい不条理なものとなる。


すべての雇用主にとっての教訓

規定:
この事例では、規定が重要な役割を果たした。審判所は、カレッジには「カレッジ内の人々を支援し保護する」ために存在する規定があり、リスター氏がいくつかの重要な点でこれらに従わなかったことは重大であると指摘した。また、どの規定もリスター氏がジェンダーに批判的な信念を持つことを妨げるものではないが、また同時に、リスター氏と同じ考えを持たない人々と比較して、リスター氏に対して例外的な適用がなされるものでもなかった。

したがって、最新かつ適切な規定の必要性は極めて重要である。この文脈で関連する規定は以下の通りである:

  • コミュニケーション/ソーシャルメディア規定-ソーシャルメディアに関する記述がある場合、どのようなものがあるか?(例えば、従業員がソーシャルメディア上で意見を表明する場合、意見は自分自身のものであり、組織を代表するものではない点を明記することが明確になっているか。)リスター氏が自分のアカウントを当カレッジと関連させず、自分の意見は自分自身のものであると述べたことは、リスター氏にとっては有益であった。
  • セーフガーディング規定-もちろん、このような規定がすべての状況に当てはまるわけではないが、たとえ従業員が職務上子どもや社会的弱者と短時間しか接することがないとしても、セーフガーディングの「広い視野」を採用することは、規定を制定することが有益であることを意味する。例えば、セーフガーディングに関する懸念を提起するための明確な報告体制があるか?これは内部告発規定の中にきちんと位置づけられ、追加的な条項となる可能性もある。
  • トランスおよびノンバイナリーに関する規定- これに関して、カレッジの規定は、生徒、教師、保護者を保護し、リスター氏に関する決定を正当化する上で非常に重要であった。
  • 職場における尊厳に関する規定- トランスやノンバイナリーである人々にサービスを提供する際、特にそのような信念の表明がサービス提供に影響を与える場合、ジェンダー批判的な信念を持つ人々がどのように対処するべきかを明確にする必要がある。教育や医療などの業界でなくても、トランスやノンバイナリーのスタッフ、クライアント、顧客がいる可能性がある。したがって、自社の規定がトランスの人々(2010年平等法では、哲学的信条とは異なり、無条件に適用される)とジェンダーに批判的な人々の両方の保護をカバーしていることを確認する価値がある。事前にこの点に対処しておくことで、将来的に対立が生じた場合に役立つ可能性がある。

徹底した公正な調査:
この事例では、当該カレッジは非常に効果的な調査を行い、規定と苦情や行為とのバランスをとり妥当な結果を導き出した。ソーシャルメディアへの投稿が苦情の対象である場合、「ヒッグス基準」が役に立つ:

  • 目的を達成するために、最も押し付けることにならない方法は何か?
  • 投稿の内容、トーン、立場を考慮するか?
  • 読者層は?
  • 投稿で表明された見解が個人的見解であることが明記されているか?
  • ビジネスに風評リスクをもたらすか?
  • 業の性質(例:医療提供者/ジェンダーに批判的な信念)と(もしあれば)どのように関連しているか?

本件においては、ツイートを検討する際、当カレッジはヒッグスの枠組みを適用したようである。審判所は、このツイートはリスター氏の雇用関係とは十分に異なるものであり、風評リスクも懲戒問題も引き起こさないというカレッジの所見に誤りはないと判断した。

疎外された人々のためのメンタリングと目に見えるアクセス可能なサポート -学生Aは心配のあまり懸念を表明することができなかったが、もし LGBT+のグループがあれば、彼は安心感と支えを見出すことができただろう。同様に、企業においても従業員の人材を担当するグループは、多様性を支援しインクルーシブな企業文化を支える上で極めて重要である。彼らはまた、「ドッグ・ホイッスル(警告)」や現在の情勢に敏感であるため、懸念が提起された場合、かけがえのないサポートを提供することができるだろう。


Kリスター氏対ニューカレッジ・スウィンドン校の裁判の判決文はこちらからご覧いただけます。


もしアドバイスが必要な具体的な質問がある場合、またはこの記事で取り上げた内容に関する情報が必要な場合は、Abi.Frederick@lewissilkin.com (Lewis Silkin LLP法律事務所) 又は 中田浩一郎koichiro_nakada@btinternet.comまでご連絡をお願い致します。


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