Jul 2023 – 維持されたEU法の法案化が成立:雇用主への実際的な影響は?

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EUに基づく法律の改革プロセスを加速させるための新しい法律が施行された。ブレグジットによる規制の自由を活用するための政府の法案が法制化されるにあたり、雇用主の視点から雇用法への直接的、中期的、長期的な影響について考察する。

新たな維持されたEU(撤回と改革)法は、EUに由来する法律の撤廃と代替のプロセスを劇的に加速させることを目的としている。激動の国会通過を経て、ようやく法律となった。

短期的には、雇用法に変更はないが、将来の変更に先立ち請求を行うことを選択する労働者もいるかもしれない。中期的には、わずかな雇用法改革が行われ、法律上の論点について上級裁判所への照会を求める新たな選択肢が設けられるであろう。長期的には、重要な点の再訴訟が予想されるが、法改正のアジェンダはすぐに次期総選挙のマニフェスト公約に追い越されるであろう。


 新たな維持されたEU法:何ができるのか?

要約すると、改正された新法には以下のような重要事項が含まれる:

  • EU法に基づく法律を改正するための新たな権限を、政府の閣僚に与える。これは、法的文書によって英国法に導入されたEU法に基づくあらゆる法律に適用される(例:1998年の労働時間規制)。ただし、議会法として署名されたEUに基づく法律には適用されない(例:2010年平等法)。
  • 2023年12月31日をもってEU法の優越性が終了され、同時に直接有効なEUの権利もすべて撤廃される。
  • 控訴裁判所と最高裁判所がEUに基づく判例を覆すために、既存の権限をより活用することを奨励する。これには、欧州司法裁判所の決定だけでなく、欧州司法裁判所の決議によって取り決められたか又は影響を受けた英国の決定の両方が含まれる。新たなテストでは、「外国の裁判所の決定は通常拘束力を持たないという事実」が強調されている。
  • 新たな照会手続きを導入し、EUに基づく判例法に拘束される下級裁判所が、(拘束されない)控訴裁判所または最高裁判所に法律上の論点を照会し、それを覆すべきかどうかを決定できるようにする。
  • 裁判所がEUに基づく判例を覆すことを検討している場合、それに介入し、下級裁判所が覆さない場合には上級裁判所に照会する権限を司法長官に与える。
  • EUに基づく法律に新しいラベルを付ける。2024年からは「同化法」と呼ばれる。
  • 維持されたEU法ダッシュボードを更新し、EU法廃止・改正の進捗状況と今後の計画について議会に報告することを、政府に対し義務付ける。
  • 付則に記載されたEUに基づく法律を削除する。この付則は、EUに基づく法律を自動的に削除していた、当初のサンセット条項に取って代わるものである。新法では、EUに基づく法律が自動的に削除される代わりに、削除リストに記載されない限り、当分の間すべてが維持される。マイナーな規制を除けば、雇用法はリストに含まれていない。

当面の影響:これから年末までの法律改正はないが訴えに注意

既存の雇用法には直ちに改正はなく、維持されたEU雇用法はすべてそのままである。英国の雇用法は依然としてEUの要件に沿って解釈される必要があり、EU法が優位に君臨している。

しかし、改正は目前に迫っており(下記参照)、そのため雇用主は、現行法に基づく請求の窓口が閉ざされば、現行法上の請求に直面する可能性がある。休日手当の請求がその最たる例である。


中期:新たな裁判所照会手続きと若干の法改正

下級裁判所(雇用審判所を含む)は、引き続きEUに基づく判例法に拘束されるが、この法律を覆す権限を行使するために、法的ポイントを上級裁判所に照会する新たな権限を持つことになる。政府は、新たな裁判所照会手続きの発効日を明示する必要がある。実務上は以下の通り:

  • EU法に基づく判例は間違いなく被雇用者に優しい傾向があるため、被雇用者よりもむしろ雇用者が照会請求をする可能性が高いと思われる。
  • 雇用審判所は、EUに基づく判例が訴訟手続きに関連し、且つその問題が一般的に重要である場合、照会請求を行う可能性がある。「世間一般で重要なこと」の必要性は、(控訴裁判所をスキップする)高等裁判所から最高裁判所への「馬跳び」上訴に関する現在のテストのようなものである。その状況においてはかなり高いハードルであるが、多くの雇用者と被雇用者に影響を与える雇用法のポイントについては、雇用審判所がより低いハードルを採用する可能性がある。
  • 手続きの当事者のいずれかが照会を求めることはできるが、雇用審判所は照会を行う必要はない。照会しないことを選択した場合、不服申し立ての権利はない。また、雇用審判所は、自らの意思で照会を行うことができる。
  • 照会手続きによって再審議される可能性のある点の実例には以下のようなものがある:
    • 何を労働時間とみなすか
    • 集団解雇のための解雇人数のカウント方法
    • サービスが複数の新しいプロバイダに事業譲渡(雇用保護)規則により譲渡された場合、従業員に何が起こるか
    • (新しい法律がどれだけ早く整備されるかによるが)休日手当には何が含まれるべきか、また未使用の休日を繰り越せるのはいつか
  • たとえ新しい手続が迅速に施行になったとしても、当事者は照会依頼を急いではならない。実際には、訴訟自体が2023年12月31日以前に発生したものであれば、ほとんど意味がないかもしれない。それまでは、高等裁判所は法律的には欧州司法裁判所の判例を覆すことができるが、依然としてEUの要件に沿って英国法を解釈する義務がある。とはいえ、当事者は、場合によっては照会を求めることを戦術的に考えた方がよいかもしれない。
  • 照会にかかる訴訟費用は誰が支払うのか?現在のところ不明である。雇用審判所や司法長官は、当事者が照会を求めていなくても照会を行うことができるため、高等裁判所が裁量権を行使して、求めていない照会にかかる費用を従業員に負担させないようにする可能性は高いと思われるが、この点に関する指針はまだない。

また中期的には、政府はEU法改正のために新たな権限を行使し始める。予定されている雇用法改革はすでに協議のために公表されている。その中には、事業譲渡(雇用保護)規則の小幅な改革、休日手当の繰り越しを認める計画、休日手当を基本給のみに戻す可能性などが含まれている。予定スケジュールは不明だが、最終目的は法改正であるにも関わらず、裁判所にそういった論議を呼ぶ点に関する言及が殺到するのを避けるため、政府はかなり迅速に新法を制定しようとすると予想される。実際には:

  • 協議中のトピックについて、雇用主は今年末から来年初めにかけての法改正を期待することが出来る。予定されている改革は控えめなものだが、過剰な規制や不条理な複雑さを軽減するものとして、雇用主は歓迎すると思われる。
  • 休日手当が基本給として逆戻りする場合(歩合給や残業代などは含まれない)、EUの休日手当要件を反映させるために雇用契約を変更した雇用主は、条件の変更を検討した方がよいかもしれないが、多くの雇用主は変更しないことを選択すると思われる。

長期的には:裁判所は訴訟に忙殺されるか?さらなる法改正?しかし、選挙がもうじき主要議題となるだろう

2023年12月31日、EUの優越性が終了する。英国の雇用法は、労働時間指令などのEU指令に沿って解釈する必要がなくなる。直接効力のあるEUの権利(同一賃金の権利など)もこの日から適用されなくなる(ただし、同一賃金法は残っている-下記参照)。

2024年1月1日以降に起こることはすべて英国法の文言に基づいて判断されることになり、EU法に道を譲る必要はなくなる。これは、請求がいつなされたかではなく、訴訟がいつ起こったかによる。

EU法に基づく判例は法律的な拘束力は残るが、その地位はより不確実なものとなる。実際には:

  • EUの優越性が終了すれば、EUに基づく判例法上の論点が再び争われることになるだろう。これには、欧州司法裁判所の判例、そして、欧州司法裁判所の判例に基づく、もしくはEUの要件に適合するように英国の法律を解釈する必要性に基づく英国の判例が含まれる。この時点ですでに、前述の照会手続きが施行されているかもしれないが、2024年1月1日以降に発生する訴訟に関する判例では、EUの要件に従う必要がなくなった今、英国法は異なる解釈がなされるべきであると当事者が主張し始める可能性がある。再提訴される可能性のある問題の例は上記の通りである。
  • 訴訟量を調整するために、重要なポイントをリードする判例が出現し、その背後に他の裁判が積み重なる可能性がある。現在の裁判や審判所のシステムの遅れを考えると、2024年以降の申し立てに関する判例が出るまでに何年もかかる恐れがある。
  • 英国の裁判所は、このようなEUに基づく判例群から目を背けるよう説得されるだろうか?その保証はない。英国の裁判所自体が、雇用法の解釈について益々目的にかなったアプローチを取っていることは間違いない(ウーバーの運転手は労働者である、という最高裁の判決はその代表例である)。例えば、何を労働時間とみなすか、どのような場合に間接差別が正当化されるかといった問題に関して、英国の裁判所が欧州司法裁判所と大きく異なる判断を下すようになるかは明らかではない。
  • 直接効力のある権利が削除されることの影響も不確かである。直接効力のあるEU雇用権の主な例は、同一賃金に対する権利である(これはEU指令ではなくEU条約にある)。しかし、英国には同一賃金に関する独自の権利があり、これはそのまま維持されている。実際には、同一賃金に関する権利は残るが、EUの権利を利用した請求はできなくなるため、状況によってはより難しくなる可能性がある。

政府は2026年6月まで、EUに基づく法律を改革する新しい権限を行使できる。しかし、今後の改革の余地は、2つの(相反する)方法で制限される。一方は、新たな権限に基づいて制定される法律は「規制緩和」でなければならないが、他方では、EUとの貿易協定により、英国は一定の基準を維持することが約束されている。実際には:

  • 事業譲渡(雇用保護)規則の改革がさらに進む可能性がある(現在の協議ではアイデアを募集している)。
  • その後、焦点は次の総選挙に移るだろう。保守党がブレグジットの自由をさらに活用することを約束する可能性がある。しかし、Starmer氏率いる労働党は、雇用法をまったく異なる方向に導くだろう。

もし、上記の件に関連して、特定のケースについて具体的なアドバイスが必要な場合は、Lewis Silkin LLP法律事務所のAbi Frederick Abi.Frederick@lewissilkin.com又は中田 浩一郎koichiro.nakada@lewissilkin.comまで、ご連絡をお願い致します。


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