Aug 2022 -【イギリスの人事部】スペインがデジタルノマド向けのビザを提案 - 英国の雇用主は歓迎すべきか?


英国の雇用主は、従業員がどこか違う場所(英国よりも晴れた場所であることが多い)で仕事をするために、海外勤務を頻繁に許可して欲しいという、いわゆる「デジタルノマド」の要望に直面することが増えている。雇用主は、現在直面している著しい労働力不足により、こうした要求に前向きに対応しなければならないことが多くなっている。雇用主は、法人税、所得税、社会保障費、移民法、雇用の権利などの問題を考慮する必要があるため、こうした要請は多くの法的問題を引き起こす。しかし、従業員がスペインでの就労を希望した場合、英国の雇用主にとってこのような複雑となりうる取り決めは、今後より分かりやすくなるのだろうか。本記事では、スペインが提案する新しいデジタルノマドビザの導入が、雇用、移民、税務に及ぼす潜在的な影響について考察する。


デジタルノマドビザ-法的な意味合い

バハマは「デジタルノマドビザ」の導入が最も早かった。これは、高給取りのスタッフを誘致しその収入を地元で使ってもらう代わりに、ビザの条件として雇用主は海外でのリモートワークに伴う複雑な問題を一切心配する必要がないというのが大前提である。 その後、エストニアやアラブ首長国連邦など様々な国がこれに追随している。

スペインが「デジタルノマドビザ」の導入を検討しているというニュースは、イギリス人にとってスペインが観光地としてもセカンドハウスとしても非常に人気があることから、多くのイギリス人雇用主にとって特に興味深いものだろう。実際に2020年末時点でスペインに居住するイギリス人は38万人以上と推定されている。 最近スペイン議会に提出された「スタートアップ法」と呼ばれる法案は、2022年末までに承認される見込みで、「デジタルノマド」向けの全く新しいビザおよび滞在許可が制定されようとしている。このビザは、外国企業でリモートで働く人々が、完全な労働ビザや地元のスポンサー企業を必要とせずにスペインで生活ができるようにするためのものである。

しかしながら、雇用主は細部にまで注意を払う必要がある。新しいビザは、移民法に関係する限りはスペインでの生活を容易にするが、税法と雇用法に関しては潜在的な問題が残されている。


移民法

この法案が承認されれば、スペインの移民法の観点からは転機となるであろう。雇用主の拠点が海外にあり、スペイン現地法人となっていないことを条件に、許可証保持者はスペインでリモートワークができるようになる。また、自営業の「フリーランサー」は、自営の活動時間の20%を超えないという条件で、スペインのクライアントのために働くことができるようになる。

この法案では、個人が利用できる主な移民ルートは以下の2つである。

  • 国際的なリモートワークのためのビザ:これは、著名な大学や職業教育機関、ビジネススクールでの学士・修士・資格保持者、または少なくとも3年間の職業経験を持つ者を対象としている。
    • スペインに通常居住していない外国人が、スペインに滞在し、スペインに拠点を置かない企業のためにリモートワークを行う場合、最長1年間、又はそれより短い場合は雇用契約期間中有効なビザを申請することが可能となる。
  • 国際的なリモートワークのための滞在許可証: 「Visa for international remote work」を所持する外国人又はスペインに法的居住資格を持つ外国人はこのタイプの許可証を申請することができる。
    • この許可証は最長で3年間、もしくは契約期間中(3年未満)有効となる。よって、その後保有者は、当初の許可条件を引き続き満たしていることを条件に滞在許可を2年間を更新する権利を有する。

雇用法

しかし、このビザの雇用法への影響はより複雑である。従業員がこのビザを利用して、英国拠点の雇用主の元でスペインからリモートワークする場合、EU Posted Workers Directiveを採用するスペインの法律では「出向」とは見なされない。つまり、(少なくともこの法律の下では)出向に関連する現地の法的保護(出向者に一定の最低雇用権利を付与する義務など)は適用されないということになる。

ビザ保持者の契約が英国法に準拠する場合でも、現地の雇用権が適用されるかどうかは一筋縄ではいかない。 個々の雇用契約は当事者間で合意された法律に準拠することができるが、この法律の選択は自由ではない。EUのルールでは、特定の強制的なルール(合意によって軽減することができないルールを意味する)は、契約解除することができない。

これは、どの強行規定がこの法律選択に優先するのかという問題を提起している。以下は、EU国に課された強行規定である。

  • 従業員が「常態的に」業務を遂行する場所であること
  • その従業員が従事していた事業所の所在地であること、もしくは
  • 現状の事情全般に基づき、契約と「より密接に関連する」のはどちらか、ということ。

当事者が選択した法律と、適用される強行法規を比較した場合、従業員により大きな保護を与える方が採用されることになる。

この文脈では、以下の条件を満たせばスペインでリモート勤務する英国の従業員に、スペインの法律が全面的に適用されることを意味する。

  • スペインの法律が、英国の法律と比較して強化された権利を付与していること
  • 従業員が常態的にスペインで業務を遂行する(従業員が英国で就労する時間と比較して、スペインに滞在しリモートワークする時間を判断することが重要)、又は従業員が英国よりもスペインとの強い関係を証明できる(例:社会保険料がスペインで支払われる、従業員がスペインの納税者になる、英国での就労時間よりもスペインでの就労時間が長い)

この点を考慮すると、提案されているビザを利用してスペインからリモートで働く従業員を持つ英国の雇用主は、スペインの法律および該当するスペインの団体協約によって定められた最低労働条件を認め、許可することが賢明な場合もあるかもしれない。


法人税

「スタートアップ」法の草案には、法人税に関する特別な規定が含まれていない。つまり、新ビザ制度によりスペインに従業員を派遣する企業が、スペインに恒久的施設を有するとみなされるかどうかは、既存の法律により判断されることになる。また、スペインが締結している二重課税防止条約は引き続き適用される。デジタルノマドの存在が必ずしもスペインに恒久的施設を有することを意味しないなど、この問題は事実に基づくものではあるが、雇用主が従業員に新しいスペインビザを利用させる際の実務上の制限となり得る。


所得税と社会保障費

雇用主がスペインで「経済活動」(「財貨やサービスの生産または流通に関与する目的で、自己の責任において生産手段や人的資源を組織すること」と定義されている)を行っていない限り、ほとんどのデジタルノマドの場合、企業がスペインで給与所得に対する源泉徴収を行う義務はないと考えられる。

デジタルノマドはスペインで活動するため、スペインの社会保障制度の適用を受け、社会保障費を支払わなければならない。(ただし、スペインで有効な社会保障適用証明書を持っている人はこの限りではない。)


今後の展望は?

この新しいビザの提案により、英国の従業員からのスペインでの就労希望が再び増加するかどうかは時が経てば明らかになってくるだろう。英国の雇用主は、他の国がスペインに続いて同様の措置をどの程度導入するかを注視する必要がある。今年の夏季には実施されないものの、もしスペイン政府がこの計画を実行に移した場合、英国の雇用主は、今後毎年夏にスペインで「自宅」勤務する従業員に対する規則を緩和することを検討した方がよいかもしれない。


もし特定のケースにおいて、具体的なアドバイスが必要な場合はLewisSilkinLLP法律事務所のAbi Frederick Abi.Frederick@lewissilkin.comまたは中田 浩一郎koichiro.nakada@lewissilkin.comまで、ご連絡をお願い致します。


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