APR 2024 – 労働党が差別法の改正を計画
労働党は、同一賃金請求の対象を人種や障害にまで拡大し、二重(あるいは交差)差別を導入するなどの差別法改正案を新たに打ち出した。これにより、雇用に関する損害賠償請求はより複雑でコストがかかり、解決に時間がかかることになりそうだ。これに関する我々の考えは以下の通りである。
同一賃金、人種や障害にも拡大
「同一賃金」を請求する権利は現在、性別による賃金の違いに限られている。条件の平等に関する特別規定は平等法に定められており、男女間の契約条件(賃金を含む)の違いに適用される。
これは、人種や障害など他の保護特性に基づいて賃金に関する請求ができないということを意味するものではなく、通常の直接・間接差別の請求として提起することができるということだ。同一賃金法は、当時伝統的に「女性の」「男性の」仕事とみなされていたものに主に基づく賃金差別の長い歴史を認識させる追加的な差別保護の一種である。
労働党は、同一賃金請求権を黒人、アジア系、少数民族労働者、障害者にも拡大することを提案している。これにより、人種や障害を理由とする同一賃金請求は、性別を理由とする請求と同様に扱われることになる。人種や障害を理由とする賃金差別には問題があるかもしれないが、同一賃金法を拡大することは、この問題に取り組む効果的な方法なのだろうか?
端的に言えば、答えは「ノー」である。均衡を保つために、通常の差別請求と比較して、同一賃金請求が可能であることの利点はいくつか考えられる:
- 労働者は、「単に」(ただし、実務上の課題については後述)同価値の仕事をしているにもかかわらず、異性が自分より高い賃金を得ていることを示す必要がある。その上で、それが性別以外の真の理由によるものであることを雇用者は示す必要がある。これにより、労働者が差別であることを示すのではなく、雇用主がなぜその相違があるのかを説明する責任が生じる。
- もし、統計上同価値の2つの仕事の間で賃金に差があり、一方は主に女性が、もう一方は主に男性が行っている場合、雇用主はこの差を客観的に正当化するよう求められることがある。つまり、女性(または男性)が不利益を被っている場合、雇用主は、その賃金格差に関する説明の合法性を証明するための相応の手段であることを示さなければならない。
- これらの請求に成功すると、労働者の契約は恒久的に変更される。また、請求の期限も長くなり(差別行為から3ヶ月ではなく、雇用終了から6ヶ月)、敗訴した雇用主は強制的な同一賃金監査の実施を命じられることもある。
しかし、従業員にとってこのようなプラス面を考慮したとしても、同一賃金を人種や障害にまで拡大することに対する非常に重大な問題が、それを確実に上回っている。つまり:
- おそらく最も重要なことは、同一賃金法は非常に複雑だということである!同一賃金請求の多くは、適切な比較対象や、特に職務が同一価値であるかどうかについて、長時間の法的議論を伴う。同一賃金請求には一連の検査があり、専門家の証拠、何百ページにも及ぶ職務明細書、何年にもわたる予備審問が含まれることもある。このような請求は時間がかかることで有名であり、また非代表者が請求するのは困難、且つ、労働組合の後ろ盾がない限り、請求者にとっては割高である。
- 通常の差別的請求は、例えば、もし自身が白人であったら、或いは障害者でなかったら、もっと賃金が高かっただろうという仮定の議論に基づくことができると同時に、労働者は、同じような仕事をしている、あるいは同じ価値の仕事をしている実際の比較対象者を見つける必要がある。現行の同一賃金規則では、同一賃金の請求として提訴できない場合にのみ、この仮定の議論が認められている。つまり、比較対象者がいる労働者は、より複雑な同一賃金規則を使用しなければならない。
- 障害の比較対象という問題は特に複雑だ。これは、障害の定義に当てはまる人が、そうでない人と自分を比較できることに限定されるのだろうか?それとも、異なる障害間の比較は認められるのか?例えば、精神障害のある人は身体障害のある人よりも賃金が低いという議論がある。
- 比較対象者の問題は、人種についても単純とは言い難く、混血の比較対象者をどう扱うか、また人の生い立ちについて決めつけることの危険性など、敏感な問題を引き起こす可能性がある。障害者と同様に、比較対象は「白人」労働者に限定されるのか、それとも他の人種の人々も互いに比較し合えるのか?
- 同一賃金請求では、6年分の給与の遡及支払いが限度とされ、感情の侵害に対する賠償はない。しかし、通常の差別賠償請求には賠償額の制限はない。
- 歴史的に性別による差別がそうであったように、人種や障害に基づく職業差別待遇が存在することは、かなり目立たない。最も注目されている同一賃金の成功例は、労働組合が支援する集団代表訴訟であり、大規模な女性労働者グループが、同じような仕事をしている男性労働者グループと比較することができた(当初は公共機関で、最近ではNextに対する請求のように小売業において)。黒人やアジア系、その他少数民族の労働者が過剰に存在する仕事もあるだろうが、比較の基準となるような、主に白人労働者が働く同等の仕事が他にあるかどうかは明らかではない。また、障害のある労働者にも適用される可能性は非常に低いと思われる。
二重差別
もうひとつの大きな提案は、「二重差別」を主張する権利の制定である。これは、イスラム教徒の女性であるなど、2つの保護特性を持っているために差別を受けたと主張するものである。これはしばしば「インターセクショナル(交差的)」差別と呼ばれる。
平等法には常に二重差別(「複合的」差別と呼ばれる)に関する規定が含まれているが、これは施行には至っていない。これは、関連する2つの保護特性が組み合わさっていることを理由に、その人を不利に扱うことは直接的差別であると規定するものである。労働党はこの規定を復活させるだけで、二重差別を実施することができる。しかし、現行の規定はかなり限定的であることに留意すべきである。直接的差別のみが対象であり、間接的差別やハラスメントは対象外である。また、2つの特性を組み合わせることしかできないため、すべてのケースで十分とは限らない(例えば、若い黒人男性に対する差別など)。
更年期を経験した女性を含む特定のグループを保護するために、二重差別が必要だという議論がある。この差別はどうしても、女性の加齢によって引き起こされる。これは性別による差別でもなく(若い女性が同じように扱われることはないため)、年齢差別でもない(年配の男性が同じように扱われることはないため)。しかし実際には、雇用審判所がこのような方法で申し立てを分析しているのを見たことがなく、どちらかというと両方の差別を別々に認定することが多い。
このことは実際には大きな違いをもたらさないかもしれないが、複合的な特性に基づく請求を認めることは、一部のグループにとっての差別の実態により合致することになる。さらに、雇用主が建設的なアクションを取ることができるようになるというメリットも考えられる。交差的差別が認められることで、例えばアジア系女性や年齢が高めの男性など、複合的な特性によって不利益を被っているグループに的を絞った行動を取りやすくなるかもしれない。現時点では、建設的なアクションが合法となる前に、職場における建設的なアクションに関する現行の政府指針で確認されているとおり、雇用主は両方のグループが不利益を被っていることを示す必要がある。
次は何が?
労働党は、特定のグループに対する根強い差別に取り組もうという前向きな意向を持っているかもしれないが、従業員が人種や障害を理由とする差別の訴えを起こすことを大幅に複雑化させることは、正しいやり方ではないはずだ。すでに過重な負担を強いられている雇用審判制度が、同一賃金請求がさらなる保護特性に拡大され、それに伴い、何年にも渡る多段階の手続きが必要となることを歓迎するとは思えないし、またおそらく対応できるとも思えない。労働党がこの問題を取り組むべき問題だと考えているのであれば、なぜ逆の方向に進み、従業員が通常の差別ルートを通じて契約賃金に関する性別による差別の訴えを起こせるようにしないのか、また、恐らくむしろ扱いにくく時代遅れでコストのかかる同一賃金制度を廃止しないのかが不明である。それはきっと、雇用者にも従業員にも歓迎される変化だろう。労働党は、同一賃金請求を拡大する提案について協議を行い、次の総選挙で勝利した場合の変更は、雇用主に調整する時間を与えるために段階的に行われると述べている。つまり、もし同党が勝利すれば、再考する時間が与えられることが期待される。
もしアドバイスが必要な具体的な質問がある場合、またはこの記事で取り上げた内容に関する情報が必要な場合は、Abi.Frederick@lewissilkin.com (Lewis Silkin LLP法律事務所) 又は 中田浩一郎 koichiro_nakada@btinternet.com までご連絡をお願い致します。
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