Mar 2024 – 職場における性自認データ

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: イギリスの人事部_logo-powered-by.png

すべての個人データを保護することは、データ主体の権利を守るだけでなく、信頼と良好な 従業員関係を保証する。特別カテゴリーのデータは取り扱いに注意を要する為、より保護された状態で扱われなければならないが、性別に関する情報は自動的にこのカテゴリーに分類されるわけではなく、多くの場合データのギャップに落ち入ってしまう。最近の事例を見ると、雇用主は性自認データの取り扱いに細心の注意を払う必要性がわかる。


性自認データは特別カテゴリーデータか?

一般データ保護規則(GDPR)の下では、特別カテゴリーの個人データとは、より厳格な処理条件が適用されるデータのカテゴリーである。これには、人種、宗教的または哲学的信条、労働組合への加盟、政治的意見、一般的データ及び生体データ、健康面・性生活・性的関心についてのデータが含まれる。これらの種類のデータの使用においては、個人の基本的人権と自由に対するリスクを生じさせる可能性があるため、特別に扱われている。しかし、GDPRの厳密な定義を見ると、性自認に関する情報は自動的に特別なカテゴリーデータになるわけではない。英国データ保護機関(ICO)は、性自認データが特別なカテゴリーであるかどうかは状況によって異なると説明している:

「例えば、その情報がその人の健康面や医療に関する具体的な詳細も明らかにするものであったり、ある組織がそれを使って健康面について具体的な推論を行うものであったりする場合、それは特別なカテゴリーデータに含まれることになる。ある人の健康面(あるいは性的指向や性生活など他の特定のカテゴリー)に関する具体的な情報や推論がない場合、それは特別なカテゴリーデータではない。しかし、多くの場合、ある人の性自認に関する情報は、依然として特に取り扱いに注意を要する可能性が高い。」

しかし、ICOは「ある人がノンバイナリー、あるいは別の性別タイプであると認識しているかどうか」に関する情報が「特別なカテゴリーデータとみなされる」可能性があることも認めているが、その理由については説明していない。

従って、雇用主は性自認データを扱う際には慎重に進め、その処理方法を慎重に検討すべきである。 また雇用主は、このデータの正確性に関する質問(健康データか性的指向データかをデータ対象者に問い合わせるなど)は、2010年平等法の下で、個人に対する嫌がらせや差別となる可能性が非常に高いことに注意する必要がある。

ABさん対キングストン・アポン・テムズ王立区の裁判は、ABさんが「トランス」であること(すなわち、性別移行を行ったこと)を理由に、雇用主から直接差別を受けたとして雇用審判所が判決を下したものであり、該当者の性自認データを適切かつ敏感に扱わないことのリスクを思い起こさせるものである。


ABさん対キングストン・アポン・テムズ王立区の裁判

この裁判では、ABさんは雇用主(カウンシル)に8ヶ月前に男性から女性への「性別移行」の意思を伝えた。その後、彼女は上司とトラブルになり、性別移行後に上司が彼女を差別していると主張するメールを送った。上司はその日のうちに、これは「真実ではなく侮辱的であり、まったく容認できず全面的な謝罪が必要」と返信した。

カウンシルは、彼女の申し立てには何のメリットもないと判断したため、調査する措置は取らなかった。彼女をサポートしようとする努力もなく、彼女の健康面を気遣うこともなく、代わりに彼女の上司に焦点が当てられた。彼女は再び謝罪するよう指示され、(証拠を添えて)苦情を正式に伝えなければ、懲戒処分が下されると告げられた。正式な苦情にすると彼女が返答したにもかかわらず、人事部を含め誰も彼女の苦情を正式なものとして扱うことはなかった。

審判所は、彼女の上司の反応は「非常に極端」であったため、「不合理というだけでは済まされない」と判断した。ABさんは、いじめの結果として「大きなストレスとトラウマ」に苦しみ、病欠の診断書を受けた。彼女はひどく破壊的な思考を経験し、かかりつけ医は彼女を入院させる必要があるかどうかを検討した。


カウンシルの方針と手続き

雇用審判所は、彼女の訴えを検討する上で、同カウンシルが性別移行をする職員を支援するために設けている方針と手続きについて検討した。カウンシルには約4,500人(人事部の約60人を含む)が勤務しているにもかかわらず、雇用審判所は、カウンシルがトランスの職員のために「何も」適切な措置を講じていないと判断した。具体的には、雇用審判所は次のように判断した:

  • 2010年に平等法が導入されたにもかかわらず、2006年から2021年末までの間、同カウンシルの「職場における尊厳」方針は更新されなかった。この方針は時代遅れであっただけでなく、例えばセクシャルハラスメントとトランスハラスメントを誤って一致させるなど、単純に間違っていた。
  • 原告の年金記録、顧客関係管理ツール、苦情システム、一般向けオンラインを含む同カウンシルの名簿、電子メールシステムは、2年近く更新されていなかった。(そのため、彼女の「デッドネーム」も明らかになった)。「デッドネーム」とは、性別移行以前の名前のことで、トランスやノンバイナリーの人が改名した場合によく使われる。彼女は、自分の性別移行を明かさずにこの問題を解決するよう求めるために、社内の誰にも連絡を取ることができなかった。
  • 彼女のオフィスパスは2年間更新されなかったため、彼女はデッドネームを使い性別を違えない限り、オフィスに出勤したりプリンタを使用したりすることが出来なかった。
  • 彼女は車両通行証の取得に問題があり、そのために外部の関係者に連絡する必要があったが、通話時に彼女はデッドネームで呼ばれ性別も間違えていた。ABさんのデッドネームは、古いサーバーに保存されていたため、電子メールに使用されてしまったのだ。

要約すると、雇用審判所は同カウンシルの方針と慣行が不適切であり、「ABさんが雇用主からひどく屈辱を受けたと感じた理由は理解できる」と判断した。ABさんには、特にデッドネーミング関連で感情を傷つけられたことを補償するため、21,000ポンド(ヴェントバンド(感情傷害および精神的傷害に対する損害賠償の段階的価値)の中位帯)と、差別初日からの利息(8%)の、合計25,423ポンドの裁定が下された。

ABさんがGender Recognition Certificate(性別変更を認める法的文書)を持っていたかどうかは不明だが、もし持っていれば、多数の情報開示とデッドネーミング事件は刑事犯罪であった可能性が非常に高い。


雇用主にとっての実践的ステップ

当カウンシルが今回導入した措置は、実際この種の差別を未然に防ぐためのベストプラクティスの好例である:

  • 方針: 当カウンシルでは現在適切な方針が定められており、これはABさんと共に作成し、スタッフのLGBT+ネットワークとも見直したものである。組織内に正式なLGBT+ネットワークがなくても、できればLGBT+コミュニティのメンバーも参加した上で、内部の方針を確認し見直すべきである。また、データ保護規定を確認し、トランスまたはノンバイナリーデータが適切に考慮且つ保護されていることを確実にするのは意義がある。
  • ITシステム: 当カウンシルは、登録されている性別の変更を希望する人に、新規のアカウントを持つか、既存のアカウントを修正するかの選択肢を提供する予定である。古いサーバーが誤って不正確で歴史的な情報を提供していないか、あるいは記録管理システムのオプションに包括的な肩書きがあるかどうか、記録とプロセスを確認するべきである。
  • 第三者との調整: 性別移行に際しては、外部の業者とのやり取りに注意する。記録を更新するために第三者と連絡を取る際に、どのようにサポートできるかを本人と確認することを勧める。この場合、例えば民間の医療保険会社や給与計算の業務委託など、顧客から業者まで幅広い人々が対象となる可能性がある。理想的なのは、このすべてを性別移行計画でカバーすることで、修正にかかる負担が本人にかからないようにし、職場で差別を受けないようにする必要がある。
  • 対話と謝罪: カウンシルはABさんの苦情を真剣に受け止めず、苦情処理手続きの一部としても扱わなかった。もし最初の苦情を真摯に受け止め、彼女の体験を理解し、どうすれば彼女をよりよくサポートできるかを理解するために彼女と話をしていれば、事態がエスカレートすることはなかったかもしれない。雇用審判所では、彼女に対して一切謝罪がなされなかったことが指摘された。正式な苦情処理の一環であろうとなかろうと、失敗を認め、それに対して「申し訳ない」と言うまでに長い道のりを要した。
  • トレーニング: 具体的な研修(e-ラーニングによるもので、受講したかどうかの確認も可能)が現在、同カウンシルで実施されている。これは、特に人事チームにとっては非常に賢明なステップである。
    我々がどのようにサポートできるかについて、クライアント・トレーニングの専門家に相談したい方は、Lucy.hendley@lewissilkin.comまでご連絡をお願い致します。

Equal Treatment Bench Book guidanceに従い、平等法で使用されている言葉は「時代遅れで汚名を着せると広く考えられている」ため、本記事では保護特性である性別適合を表現するために「トランス」という言葉を使用した。

AB嬢対キングストン・アポン・テムズ王立区の判決はこちらで入手可能。


もしアドバイスが必要な具体的な質問がある場合、またはこの記事で取り上げた内容に関する情報が必要な場合は、Abi.Frederick@lewissilkin.com (Lewis Silkin LLP法律事務所)  又は 中田浩一郎koichiro_nakada@btinternet.comまでご連絡をお願い致します。


画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: イギリスの人事部_logo-powered-by-1.png

「イギリスの人事部」ニューレターのお申込みはこちらから

センターピープル(Centre People Appointments)では、雇用法、人事、労働市場、ビザ等の最新情報を 「イギリスの人事部」 のニュースレターにて日系企業様向けに無料で定期配信しています。

ご要望、ご質問、今後取り上げて欲しいテーマ等ございましたら、ご遠慮なく下記E-mailアドレスまでご連絡くださいますようお願いいたします。
Email: reception@centrepeople.com


【バックナンバー】

FEB 2024 – ハイブリッド型の職場におけるリモートワークの申請の拒否について

JAN 2024 – 純移民数削減のための英国移民政策発表

NOV 2023 – セクハラ防止に関する新法が成立

OCT 2023 – 労働党、雇用法に関する計画を発表

SEP 2023 – 職場における読心術-良いことなのか?それとも私たちが予期しているようなこの世の終わりとなるのか?

AUG 2023 – フレキシブルな働き方-新たな法律とガイダンス

JUL 2023 – 維持されたEU法の法案化が成立:雇用主への実際的な影響は?

JUN 2023 – 労働人口の高齢化が進む中、雇用主は中高年労働者の体調不良という課題にどのように対応すればよいか

MAY 2023 -職場のAI:規制のギャップに注意?

APR 2023 – 雇用主はどのように癌を患う従業員のスティグマを減らしサポートできるか

Mar 2023 – 職場におけるLGBT+の権利:充分要件には程遠い


【イギリス・ヨーロッパでのご採用をご検討中の企業様へ】

★採用でお困りなことはありませんか?

センターピープルでは、イギリス・ヨーロッパでの人材採用のお手伝いをしています。
人材のご紹介は、正社員はもちろん、派遣・契約社員や、1日からの短期スタッフ、パートタイム従業員等、幅広く対応が可能です。
いつでもお気軽にお問い合わせをお願いします。

Phone: +44 (0)20 7929 5551
Email: japan@centrepeople.com


画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: USAjinji-bu.jpg

センターピープルのグループ会社であるQUICK USA,Inc.は「アメリカの人事部」のニュースレターを米国でビジネスを遂行していくために、必ず知っておかなければならない法律、人事・労務、ビザなどの最新ニュースを在米日系企業様向けに定期的にお届けしております。

ニュースレターをご希望の方はお手数ですが、会社名、ご担当者様氏名、役職、電話番号、ご住所、メールアドレスを明記の上、下記E-mailアドレスまでご連絡くださいますようお願いいたします。

E-mail: info-usjinjibu@919usa.com


クイックグループでは世界の人事部として、世界で活躍する日本のグローバル企業の人材採用サポートを行っております。メキシコ拠点のQUICK GLABAL MEXICOでも「メキシコの人事部」で人材採用から人事・労務に関しての課題解決のための有益な情報を、メキシコの労務、法務、税務等の専門家にご協力いただき、皆様にお届けしております。

「メキシコの人事部」の申し込みはこちらから