
Feb 2025 – トランプ大統領のDEI命令:英国の雇用主にとって何を意味するのか?

トランプ大統領は、連邦政府、連邦請負業者、民間企業におけるDEI(Diversity, Equity, and Inclusion:多様性、公平性、包括性)イニシアチブの撤廃を求める命令を発した。この記事では、DEIに関する米国の法律と英国の法律がどのように異なるのか、英国ではなぜ主要なイニシアチブを維持しなければならないのか、そして英国企業が現在取るべき対応について説明する。
トランプ大統領は就任以来、DEIに関する複数の大統領令に署名してきた。主な命令は以下の通りである。
- 「過激で無駄の多い政府のDEIプログラムと優遇措置の廃止」
– 連邦政府におけるすべての「差別的プログラム」の撤廃を求め、連邦政府のDEIオフィス、役職、平等行動計画をすべて廃止し、連邦政府職員のDEI業績要件の撤廃を指示。
- 「違法な差別に終止符を打ち、メリットに基づく機会の回復」
– 連邦請負業者に対する積極的格差是正措置の義務付けを撤廃し、連邦法に違反するDEIイニシアチブに関与しないことを連邦請負業者に誓約するよう要求。また、「違法なDEI差別や優遇」に関わる民間部門のDEIイニシアチブを積極的に抑止することを連邦機関に義務付けるよう指示。
- 性自認の概念に反対する追加の命令。
最初の命令は、連邦政府からすべてのDEIのイニシアチブを一掃することを目的としている。2つ目の命令は民間部門を対象としたもので、「違法な 」慣行の廃止を求めている。これはすべてのDEIイニシアチブではなく、米国連邦法の境界を踏み越えたものだけに限られる。3つ目の命令では、連邦政府に対し、生物学的に定義された男性と女性の2つの性別のみを認めるよう指示するものである
米国企業は、トランプ氏の就任前からDEIへの対応を慎重に検討しており、多くの大企業が既にDEIイニシアチブの一部を撤回し始めている。

積極的格差是正措置
雇用の観点から見ると、米国の雇用主は長年にわたり様々な積極的格差是正措置計画やDEIイニシアチブを採用してきたが、人種やその他の保護対象クラスに基づいて雇用を決定することは避けてきた。これらの計画の多くは(トランプ氏の再選までは)連邦政府によって義務付けられていた。
英国の視点から見ると、米国の積極的格差是正措置は英国で許容される範囲を超えていることがよくある。例えば、米国では少数民族の候補者の面接枠を設けることが比較的一般的だが、英国ではこの種の慣行は法的にリスクが高い。
英国には「ポジティブ・アクション」という非常に制限された概念がある。実際、英国政府は2023年の職場におけるポジティブ・アクションに関するガイダンスで、「ポジティブ・アクションを検討する際は、米国の積極的格差是正措置に関する情報を参考にしないよう注意すること。なぜなら、それらは英国の法的立場を示していないためである」と警告している。
(北アイルランドでは「積極的格差是正措置」が認められており、立場はもう少し複雑である。ただし、これはアメリカとは異なる概念である。)
米国の連邦法における積極的格差是正措置とDEIイニシアチブは現在、裁判所の判断や連邦政府機関の公式ガイダンスを通じて試され、再評価される時期に直面している。しかし、仮に米国の法的枠組みが再定義されたとしても、それだからと言ってそれが英国のDEIイニシアチブに影響を与える必要はない。
- 英国には独自の法律があり、DEIイニシアチブの境界を厳密に規定している
- これらの法律は米国のものとは異なり、すでに米国で見られたものに比べてより制限的に運用される傾向にある
- そのため、米国の法的枠組みを再定義することは、むしろ米国の法律を英国の立場に近づける可能性が高い
英国におけるDEIの研修
研修は、企業のDEIプログラムの重要な要素となることが多い。英国の視点からすると、研修プログラムを縮小することは、企業を法的リスクにさらす可能性があることを明確に認識することが重要である。
英国平等人権委員会(EHRC)(および北アイルランド平等委員会(ECNI))は、雇用主が平等方針について従業員に定期的な研修を行うことを明確に推奨している。このことは、雇用主が従業員に対して差別を行ったかどうかを判断する際に、裁判所が考慮することを義務付けられている「実務規範」に記載されている。
研修は、セクシャル・ハラスメント法に関連して特に重要である。英国では雇用主は、雇用中の従業員に対するセクシャル・ハラスメントを防止するために合理的な措置を講じる積極的な法的義務を負っている。これには、従業員に対する反ハラスメント研修がほぼ必ず含まれている。実際我々は、このような研修を全スタッフに義務付けることを引き続き推奨している。
法的な立場にかかわらず、差別を回避するための効果的な研修の実施は、職場で発生する紛争を減らし、訴訟のリスクを抑えるためにも有用である。
英国におけるトランスジェンダーの保護
英国では、米国とは異なり、トランスジェンダーの人々は法律によって差別から明確に保護されている。イギリスでは、トランスジェンダーの保護は「性別変更」という保護特性を通じて平等法に明記されている。(北アイルランドでは別の法律が適用される)
英国におけるDEI報告
英国および北アイルランドでは、一部の雇用主は引き続きDEI報告を法的に義務付けられる。例えば、特定の上場企業は、役員や上級管理職の多様性について報告することが義務付けられており、今後も義務付けられる。北アイルランドでは、対象となる雇用主は引き続き、従業員の地域的背景について報告する義務がある。
英国および米国のトレンド
我々は既に、米国と並んで英国でも職場内での対立や分裂が増加傾向にあると考えている。米国におけるDEIイニシアチブへの反発は、英国の従業員が物議を醸す意見をより公然と共有する動機となる可能性がある。
英国の雇用主は、すべての従業員がDEIイニシアチブに賛同していると考えるべきではない。しかし、今後は「職場で最善の自分を発揮すること」に重点を置き、「職場において自分のすべてをさらけ出すこと」に重点を置かないことで、インクルージョンと同僚への敬意を継続的に強調することを期待している。
また、英国の法的・文化的・政治的状況は米国とは異なることを理解することも重要である。英国では新たに労働党政権が誕生し、さらなる差別禁止法の制定や、賃金格差報告の範囲を性別だけでなく民族や障害も含めるように拡大することを公約に掲げている。
さらに、新規採用者、特にZ世代とミレニアル世代を惹きつけるためには、DEIを推進することが重要であることが常に調査で示されており、この問題に関しても英国と米国では違いがあるようだ。
英国企業が取るべき対応
- 自社のDEIイニシアチブを説明できるよう準備する
- 従業員へのDEI研修を継続する
- インクルージョンとリスペクトに焦点を当て、職場の対立を解決するために経営陣をサポートする
- EHRCやECNIが公表している差別禁止法や関連する行動規範に基づく義務の遵守を徹底する
(米国の状況についてはSheppard MullinのShawn Fabian氏のコメントに感謝する。)
もし、特定のケースにおいて具体的なアドバイスが必要な場合はLewis Silkin LLP法律事務所の Abi Frederick弁護士Abi.Frederick@lewissilkin.com まで、ご連絡をお願いいたします。

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